ハケンのヒンカク 「ヤマト君。これ資料まとめておいてくれ。」 「はぁい。」 キラは間延びした返事をしながら上司から資料を受け取る。 その量はいつもより多めだ。 やれやれ。今回は時間かかりそうだな〜。 聞こえない程度に小さくため息をついた。 キラはそこそこ大手の会社の派遣社員だ。 仕事内容は事務。 保険は派遣会社の方から支払われるが、残業手当は付かない。 つまり真剣に働けば馬鹿をみるということだ。 「あぁ明後日までで十分だから。」 「わ〜良かったです。がんばりますね。」 キラはにっこりと笑った。 上司もそれに釣られて笑った。 ちょろいなぁ…。 仕事できないくせに。 何が頑張るよ。 ちらほらそんな声が聞こえるがキラは気にしない。 そんなことを言ってるのは所詮残業手当ての付く正社員だ。 仕事が出来ない。 そんなレッテルをはられてもキラはなんら気にならない。 そう思われて仕事を回してくれたほうが余計な仕事来なくて助かるんだよね。 キラはこっそりほくそえむ。 自分の机につき、資料を広げる。 これぐらいなら半分ぐらいを今日で済ませればちょうどいいかな? 明後日きっちりに終わらせるように脳内で計画を立てた。 馬鹿な振りほど賢いものはないとキラは信じている。 「ヤマトさんこれも。」 「え?」 キラは突然自分の目の前に出された書類に驚いた。 相手は営業課トップの成績のアスラン・ザラだ。 顔は誰だって認める美形。 しかしキラの好みじゃなかった。 「何か考え事でもしてた?」 「あ、え〜と仕事どこから手をつけようかなぁと。」 「あぁこれなら経費がいくらかかるか、から集めたほうがいいと思うよ?」 早く去って欲しいのに律儀にアスランは自分にアドバイスまで始める。 「そ、そうですね。がんばります。え〜とザラさんのは?」 「あぁ、急がないけど他社と過去の資料をしっかり集めて欲しいんだ。」 「分かりましたぁ。」 「ヤマトさんは仕事が速いわけじゃないけど、しっかりした物出してくれるから頼りにしてるんだ。」 「ありがとうございますぅ。」 あなたの信頼なんて要りませんとは思っていても顔には出さない。 「だからあんなの気にしないでね。」 そういって肩をポンと軽く叩くと自分の机に戻っていった。 どうやら先ほどの女性社員の嫌味のフォローにきたらしい。 そんなのいいから仕事回さないでよ。 渡された書類を軽くにらんだ。 キラは週に一度誰よりも早く出社する。 それは出社時刻の二時間ぐらい前だ。 もちろん同じ課の人は一人もいない。 それを狙っているのだ。 「さてと。」 制服の袖を軽く上げてキラは目標を決める。 残った資料のコピー。 データ打ち。 乱れた資料棚の整理。 「時間があったら給湯室の片付け、ぐらいかな?」 今の時間6時半。 一番早い人が来るのが8時半から9時前これからから二時間ちょっと。 「やりますか!」 黙々と作業をこなす。 しかしかなりのスピードだ。 早々と資料のコピーを終えたキラはデータ打ちを始める。 それはいつもキラを見ている人なら目を疑うだろう。 たまにこうやって本気出しておかないとなまるんだよね…。 タイピングのスピードを落とすことなくキラは考える。 つまらない派遣の仕事で本気を出すのも馬鹿らしいが使わないと使えなくなっていく。 それが嫌でキラはたまにこういうことをするようにしていた。 もちろんまわりにばれないようにだ。 かなりのハイスピードでデータを打ち込んでいく。 自分自身がのってきたのか残りもあと少しでさらにスピードを上げる。 あと一行! 最後のキーをリズム良く叩くと達成感を込めて「よしっ!」と呟く。 パチパチパチ。 「え!?」 キラは勢い良く手を叩かれた方を振り向く。 そこには鞄を床に置いて拍手する上司―アスラン・ザラがいた。 その顔には愉快極まりないという笑顔が浮かんでいる。 「ヤマトサンって猫被ってたんだね。」 「ザ、ザラさん!!!」 「あんなに早くデータ打ちする人初めてみたよ。」 「な、なんで!!」 時計を振り返ると時間は七時半。 出勤するには早すぎる時間だ。 いつもなら人が来たら分かるのだがデータ打ちに熱中しすぎていたのか気配すら感じなかった。 しくじった〜!! キラは思わず心の中で叫んだ。 「ちょっと今持ってる仕事で気になることがあってね。早めに来たんだけど、いいものをみたよ。」 「あのっ!」 「大丈夫。言わないよ。」 「え?」 真面目に仕事をしていないことをしっかり怒られると思っていたキラはアスランのその言葉に拍子抜けした。 アスランはそのまま席に着きパソコンを開く。 仕事をするために早く来たというのは嘘ではないのだろう。 「・・・・なんでですか?」 「ん?」 「怒るなりすると思ったんですけど。」 「あぁ。」 アスランは画面から目を離さずに答える。 「別に仕事を本気でするかどうかなんて自分が決めることだろう? それによってどう思われるのか…、ヤマトさんは承知してるみたいだしね。俺がとやかく言うことではないよ。」 何それ・・・・っ! 確かに自分がどう思われてるかなんて承知の上だ。 むしろそれを狙っている。 だからその評価に何も口を挟むことはない。 が。 僕がそう演じてるって分かってたわけ!? だれも気づいてないと思って腹の底では笑っていた。 自分の価値など気づきもしないやつら、と。 見下していた。 自分でも人が悪いなと苦笑い気味だったのだが、それも見破られていたら…。 恥でしかない!! キラは俯き、羞恥心で顔を赤らめる。 「もうしないの?」 「え?」 「仕事。」 キラは顔を上げる。 アスランが自分の方を見ていた。 いつの間に画面から放していたのか。 顔には意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。 なんって人が悪いんだ!! おそらく自分の混乱するさまをつぶさに見ていたと思われる。 そんな笑いかた。 「します。資料棚汚くなってますし。」 いつまでも笑われるのも癪だ。 キラはきっぱりと言い放つ。 棚に行くにはアスランの横を通らねばならず足早に向かおうした。 それを見たアスランは「そっか。」と呟くとキラが横を通る時に腕をつかむ。 「いっ!」 いきなりのことにキラは勢い良く振り返る。 「ザラさっんん〜!!」 つかまれたのと同じぐらいいきなり口を塞がれた。 アスランの唇に。 一瞬…ではなかったが長くもなかった。 「な、なにするんですか!!」 離された途端キラは声を上げる。 「ん〜口止め料かな。」 「はぁ!?」 「ばれると困るだろ?」 「別に困りませんよ!やめたって次があるし!」 「そんなにコロコロ仕事変ると信用下がると思うけど。」 「そんなの貴方に関係ないでしょう!!」 キラは大声を出しすぎて肩で息をしながら叫ぶ。 「あるよ。やめられたら困る。」 「・・・意味が分かりません。」 なんで辞めることに貴方が関係するんだ!! キラは心底嫌そうに言う。 嫌がったキラの顔を見ながらアスランは笑った。 「ヤマトさんが可愛いってこと。」 「・・・・。」 話が通じていない。 キラは思いっきりにらみつけるといまだにとらわれていた腕を振り解く。 アスランも引きとめる気がないのかあっさりと手を放した。 「今日は朝からいろんなヤマトさんが見れて良い日だよ。」 含み笑いで言われてもキラには嫌味にしか取れない。 「それは良かった。」 背を向けたまま強がって答える。 キラは資料棚に向かって黙々と整理しだす。 アスランが机のパソコン向かっているため背中合わせになっていることをいいことに無言だ。 アスランも仕事を始める。 パソコンを打つスピードが一定だった。 「あれ〜ヤマト君。」 課長の驚いた声が二人っきりだった部屋に響く。 キラは声にホッとしながら振り向いた。 だんだん沈黙にも気まずくなっていたところだ。 「おはようございますぅ。」 にっこり笑いながらいつものように少し間延びさせながら挨拶する。 「早いんだね。」 気さくな課長は優しく声をかけてくる。 「昨日やり残したことが少しあって、それでちょっと早めに来たんですぅ。」 「熱心だねぇ。熱心といえばザラくんも。」 「えぇ俺も、仕事で気になることがあったんで。」 「なんかあやし〜なぁ二人。あわせて来たんじゃないの?」 課長が冗談をいいながら席に着く。 「はは、ならいいんですけどね。ヤマトさん課長にお茶お願いできるかな?」 なにがいいんだと思いながらキラは「わかりましたぁ」と給湯室に向かっていった。 朝から最悪だ。 なんでばれた上にキスまでされなくてはならないのか。 理不尽だ!! 自分が何をしたのか!と天に向かって叫びたいぐらいだ。 「ヤマトさん?」 「はぁい?」 内心いらいらしていてもいつものようにキラは猫を被って返事する。 それはもう条件反射だ。 「っぷ。」 「っザラさん!!」 「ヤ、ヤマトさんのそれ、もう条件反射なんだね。」 アスランは笑いを収めようともしない。 「・・・なんのようですか?」 笑われてさらに気分の悪いキラはことさら冷たく返す。 「他の人も来たからお茶の数増やしてもらおうと。」 「わかりました。」 「五人分だから。」 「はい。」 「君の事すきだから。」 「はい。」 「答えはまたあとでね。」 それじゃお茶よろしくというとアスランは部屋に戻っていった。 キラは湯飲みを増やしながらはたりと手を止めた。 「・・・・・・・・は?」 ”キミノコトスキダカラ” アスランのお茶増やすのと同じテンションで言われた、しかし確実に内容が違った言葉が脳内をリフレインする。 ”君の事好きだから” 「・・・・・はあぁあぁぁぁぁぁ〜!?」 キラは天にではなく手元のお茶に叫んだ。 よしもとばななパロのリーマンアスランと派遣キラ。 2009/1/12移動改稿 |