恋5




「ラクス!!どうしよう!!」

勢いよく部屋の扉を開けて入ってきたキラにラクスは微笑んだ。
「今日はどうしましたの?」
いつも来るときは事前に連絡を入れるキラがそれを忘れてやってきたということは何かあったのだろう。
「え、えと…。」
「はい?」
おっとりとした声に落ち着きを取り戻したキラは連絡もなく来たことにあわてた。
「・・・ごめん、ラクス連絡もなしに。」
「あらかまいませんわそんなこと。それより私が今日は家に居てすれ違うことも無かったことを喜んでるくらいですもの。」
「あ、ありがとう。」
「それで?どうしましたの?」
キラはラクスに椅子を勧められる。
それに座って一呼吸置くと俯きながらぼそりとつぶやいた。
「えと、ええとね。・・・・お隣さんにチョコレート渡しちゃったんだ。」
「…。」
「それでホワイトデーにお返しがしたいからって食事に誘われたんだけど・・。」
「・・・・・・・・・。」
「着ていく服がどういうのがいいのかわかんなくて・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・ラクス?」
いつもなら生真面目なほど途中で相槌を打つラクスが無言なのに気がつき様子を伺う。

「…お隣というのはアスラン・ザラのことでしょうか?」

ラクスは声の起伏もなく淡々と尋ねた。
「知ってるの!?」
「えぇ。家の関係でですが。」
「そっか、そうだよね。ラクスもお嬢様だもんね。」
世の中せまいよね〜。キラが関心したように言う。

「いつお知り合いに?」

確かクリスマスあたりに自分がキラの家に遊びに行った時には「お隣さんかっこいんだよ!」とテンション高く言っていた。
そのころはゴミの日に会える単なる隣人だったはず。

「あ、えと。たまたまゴミの日にディアッカがザラさんの家に泊まっててそれで偶然。」
「そうですか…。」

やってくれましたわねディアッカ…。

悪態をつきたいのを必死でこらえる。
キラの家に行ったときに知った事実はラクスにとって不愉快きわまり無かった。
キラが恋心に近い憧れを持っている隣人があのアスラン・ザラというだと知ってキラを違うところの引っ越させてしまいたいくらいに。
ただキラがあまり積極的ではないことだけが救いだった。
それとなく今の世の中何があるか分からないから隣人でも警戒するように心配したそぶりで言った。
心配なのは事件性のあることではなく二人の仲のことだったが。
相手も積極的なほうではないと分かっているから二人の仲が進展するようなことはそうそう無いだろうと思っていた。
それなのに…。

なぜここまで進展しているのですか!!

苛立ちをいきれいに隠しラクスは尋ねる。
「それでチョコレートを渡すまでに?」
「うん。仕事を渡しに会社までいったら偶然会って、色々助けてもらったからそのお礼に。」
「それでそのお礼のお礼に食事、というわけですか。」
「場所がイタリアンレストランみたいで、なにを着たらいいか全然わかんなくて。」

恥ずかしそうにでも嬉しそうに言うキラが可愛かった。
それがアスランに向いているかと思うと腹立たしい。

「キラ、服は私が用意しておきますから前日に泊まりに来て下さいな。」
「え、でも。」
「そのまま昼はうちにいて夜一緒に用意しましょう。」

ラクスはまるでいい提案だとでもいうように手をあわせてにっこりと笑った。
そこまで迷惑はかけられないとキラは断ろうと思ったが、ラクスに最近会ってないからと寂しそうに言われると強くは出れず。
お泊りは決定してしまった。

「ではキラまた13日に。」
「うん。じゃ」


キラを送った後ラクスはすぐさま携帯を取り出す。
アスラ・ザラにかけるために。







残業中に電話が入る。
携帯の画面には「ラクス・クライン」と間違いようも無く出ていた。

何でだ…。

悪い予感はした。
いやラクスと関わると悪いことしか起こらない。
かと言って出ないわけにもいかない。
それは最悪の事態を招くことになるのだから。


ラクスとは小さいころからの幼馴染だ。
将来は結婚するんじゃないかと周りは無責任に囃し立て、それに乗った親同士が色々画策したが、結局両者のあまりにも乗り気の無さに頓挫する。
一応幼馴染程度の付き合いはあるが冷静そうに見えて案外熱いラクスはアスランの苦手とする人物に変わりなかった。
彼女の思考がよく分からないのが諸悪の根源だと思うがそれが分かったからといってうまくいくわけでもなかった。
そして彼女への対応は『あきらめる』ことと一貫するようにしている。

「はい。」
『遅いですわ。電話はワンコールで出るのが礼儀でしょう。』

どこぞのサービス業に求められることを言ってもアスランには土台無理な話だ。

『すみません、仕事中でしたので』
謝る気もさらさら無い言いようにラクスはさらに腹が立つ。
「こんな時間まで大変ですこと。いまよろしいかしら?」
『…どうぞ。』
「キラをレストランに誘うのはどういう了見なのでしょうか?」
遠まわしに言っても変に鈍いアスランには通じない。
時間を使うのもったいない。
ラクスは直接的に尋ねた。

『キラをホテルのレストランに誘うのはどういう了見なのでしょうか?』

は!?
アスランは叫びそうになるのをこらえた。
とりあえず現状が把握したい。

「すみません、ラクス。貴方の言う”キラ”とは”キラ・ヤマト”さんのことですか?俺の隣人の」
『ほかにキラが貴方の回りにおられるのですか?』
「いや…。」
『それならばキラはキラでしょう。』

そういうことじゃない!

『貴方がどうしてヤマトさんを知っているのでしょうか?』
アスランが動揺しているのは声を聞けば良く分かる。
ラクスとキラの接点が見つからずに困惑しているのだろう。

そんなことはどうだっていいことですけれど。

ラクスは今まで無いくらい腹が立っていた。
自分の知らないところで色々と進展していたことが。
キラが”誰か”に取られるのが嫌だった。
それがアスランならなおさら。



アスランと会ったのは確か彼の誕生日会に呼ばれていったときだと思う。
それ以前に会っていたとしても幼すぎて覚えていない。
父親同士が親しそうに話している脇で自分は居心地の悪さに辟易していた。
もちろんそれを表に出すことなく笑顔で応対していたが。
アスランは父親に話を振られるたびにそれなりにこたえていたような気がする。
その大人ぶって居るところが目に見えて無理をしていたから不愉快だった。
それから彼のなすことすべてが癇に障った。

完璧な笑顔。
求められている年相応のでもその中でも大人びた発言。
すべてが。

それがなぜかなんて分かりきったことでしたけど…。

いわゆる同属嫌悪。
あまりにも周りに対しての対応が自分と似ていたから。
求められていることを瞬時に理解し、対応する。
嫌々やっていた自分の行動が目の前で繰り広げられるとこれほどまでに不愉快になれるのかと後になって思った。
自分とよく似ていると思っていた。

まさか好みまで似ていただなんて・・・っ!

携帯を強く握り締める。

「キラとは高校時代の友人ですの。とても親しくさせていただいてましたわ。」
今も交流があるぐらい。
『…。そうですか』
「そうなんですの。ですから貴方がキラをなぜ誘ったか知りたいのですわ。生半可な気持ちでキラに近づかれたら迷惑この上ないですから。」
きっぱりと突き放すためにそういうとアスランは間髪いれずに答えた。

「本気ですから大丈夫ですね。」
『っ!!』

ラクスが息を呑む音が携帯越しに聞こえる。

こっちだって生半可な気持ちで行動に移せるわけが無い。
ラクスと同じぐらいのキラ想いが周りに三人もいるのだ。

「話がそれだけならもう切ってもかまわないですか?」
言葉が続かないラクスに言う。
いつまでも会話を続けたい相手でもない。
『…・・・一つだけよろしい?』
「どうぞ。」
ラクスの声は震えている。怒りか悲しみか察する気も無いがよほどの衝撃であったことは確かだ。


「つまり貴方はキラが好きなのでしょうか?」


ラクスはアスランの本気など信じていなかった。
いつでもあっさりとした人間関係で特に執着する人もいなかったと思う。
というかこれほど”執着”などという言葉が似合わない男もいない。
ただ単にラクスに敵愾心で本気だと言ったのではないかと勘繰りたくもなる。


『…・・貴方にしては直接的ですね。』
あぁ今日は始めからそうでしたか?
からかうように言うアスランにラクスはかっとなる。
「はぐらかさないでくださいな!!」
『はぐらかしてなんかいませんよ。思ったことを言ったまでです。』

本音などかけらも出さない性格の男がなにをっ!

「アスラン!!」
『本気ですよ。』
ラクスがなおも問いただそうと声を荒げるとアスランはそれを遮るようにはっきりといった。


「好きです。」

重ねて言うアスランは内心ため息をついていた。
この言葉を言いたい相手は電話越しの彼女ではなくて家の壁越しの彼女だ。
何が悲しくてラクスに先に言わねばならないのだろうか。

しばし沈黙の後ラクスが口を開いた。

『…13日、キラはうちに泊まるんですの。』
「それが…?」
唐突にそんなことを言われてもよく分からない。
『キラの用意は私が責任を持っていたします。』

用意…?責任…?
何の話だ?

『ですから貴方は可愛すぎるキラに自制なさいませ。』
「じせい…?」
『それでは。』

ブツン

携帯は無常にもラクスとのつながりを切った。
最後によく分からないことを言われたアスランは聞きたいことが山ほどあったのだが。
途方にくれてただ切れた携帯を眺めた。


アスランがそれを理解するのは14日のこと。




黒のシフォンワンピースに薄い紫色のカーディガン。
ラクスの家に泊まり今日のために用意してもらった物だ。
髪も軽くアップにして、きちんとメイクもしてもらった。
去年イザークたちからもらったネックレスをつけて「完璧ですわ」とラクスは笑う。

「ちょっと派手過ぎない?」
「そんなことないですわ。よくお似合いです。」
それはもうアスランではなく自分と食事に行ってほしいくらいに。

「うぅ〜緊張するなぁ…。」
「大丈夫ですわキラ。キラが緊張する価値なんてアスランにありませんもの。」
「ラクス…。」
ニコニコと毒舌を吐くラクスに慣れていたが、緊張とは別でため息をついてしまった。

「ほらほらキラ、もう時間ですわ。行きませんと間に合いませんわよ?」
「わ!ほんとだ!」
待ち合わせは20時現在19時ちょっとすぎ。
ラクスの家から車で30分。
予定では10分前にはつくだろう。
「車は用意しておきましたから。」
「本当にいつもありがとうラクス。」
「いいえ。お礼はまた泊まりに来ていただければ。」
「うん!」


20時にトラットリア・エトワールで。

アスランはチラリと時計を見る。
20時少し過ぎた。

ヤマトさんが遅れるとは思えないんだが…。
場所がわからなかったとか?
それとも…。

眉をしかめて昨日のラクスの言葉を思い出す。

キラはうちに泊まるんですの。
キラの用意は私が責任を持っていたします。

そのせいか?

「ザラさん!!」
「ヤマトさん。」
呼ばれた方向に振り向くとシフォンスカートを揺らしながらキラが走ってくるところだった。

「すみません!道路が混んでて…。待ちましたよね?」

ほんとすみません。と走ったせいかほほを赤らめたキラが必死に謝る。
その様子を―といかキラの全体を―アスランは眺めていた。

か、かわいい・・・!!

何も言わないアスランにキラは不安になって下げていた頭を少しだけ上げて上目遣いにアスランを見た。
「ザラさん?」
「えっ!?あ、ぜんぜん大丈夫ですから気にしないでください!!」
アスランは慌てて言う。

その目線はちょっとまずい…。

キラよりもアスランのほうが当然背が高いため常にキラは上目遣いなのだが、今回は可愛すぎる格好と少し開いた胸元に完全にやられた。
よかった〜。とほっとしているキラをよそ目にアスランは異常に上がった心拍数を落ち着かせるのに必死だった。

「じゃ、いきませんか?ちょっとおそくなったし。」
「え、あぁそうですね。」

いわれてアスランは当然のようにキラに腕を差し出した。

え・・・・?

キラはその差し出された腕を前に少し固まった。

これ、そのつまりザラさんの腕を取れってことだよね…?
え・・え・・・・えぇぇぇ〜!?

「ヤマトさん?」
一向に腕をとろうとしないキラを訝しんでアスランは名前を呼んだ。
「あ、え?す、すみません。こういう所、なれてなくて…。」

腕を取るのが恥ずかしかったなんて言えない…。

「あぁ〜ちょっと堅苦しいところを選んでしまいましたか?」
「いえ!そんな。来る機会もあんまり無いですし。楽しみです。」
「ヤマトさんが来たいならいつでも連れて行きますよ?」
やけに色っぽい笑顔で言われてキラは恥ずかしさのあまり俯むき「は、はぁ」とぎこちなく返した。

「じゃ、今度こそ本当に行きましょう。」とアスランがキラの手を自分の腕に絡ませリードして進む。
キラは突然腕をつかまれたので驚いたが、「はい」と嬉しそうにわらった。


「なににします?」
「え〜と。」
席に案内され、スタッフにメニューを差し出される。

え、えぇ?な、なにこのメニュー・・・。
僕の見たことのないような種類の多さなんですけど!!

正直メニューを見ても分からない。
キラはさっさと降参した。
「ザラさんにお任せします…。」
「じゃ、コースにしましょうか。」
「お願いします。」
キラは水を飲みながら注文しているアスランをチラリと窺う。

…慣れてるなぁ。
さっきの腕もすごく自然に出てきたし…。
住む世界が違うってかんじ。

「ヤマトさん?」
視線に気づいたのかアスランが苦笑いしながら尋ねてくる。
「え、あ、こういう所よく来るんですか?ザラさんとても慣れてるから。」
「まぁそうですね…。月一ぐらいは。後は自炊ですね。」
「遅いのにきちんとご飯作ってるんですか!?」
「体が資本の職種ですから。」
「すごいですね〜。」
キラが本当に関心して言うのでアスランは思わずわらってしまった。
「ザラさん?」
「あ〜ヤマトさん、アスランで良いですよ。”ザラさん”って言いにくいでしょう?同い年ですし敬語も無しで。ね?」
「え、えぇあ!じゃ僕のこともキラでかまいませんから!」
いきなりの提案にキラはうろたえてしまった。
想像以上の展開に心臓がついていかない。
「…分かった。キラも敬語。」
「え、あ、うん。アスラン。」

うわぁ〜。

互いに名前で呼ばれてキラは俯きアスランは緩む口元を手で隠した。




「じゃ、キラは食事はどうしてるんだ?」
「僕?出来合いのものが多いかなぁ。あとパソコンしながら食べれる物。パンとか。」
「カロリー○イトとか?」
「そうそう!」

運ばれてきた料理を食べ切りキラが満足そうに「ちゃんとした料理食べるの久しぶりかも」というので、アスランは思わず尋ねたのだ。

「ちゃんとした物食べないと体壊すぞ…。」
「でも仕事しないと食べれないでしょ?」
「…へりくつ。」
ボソリとアスランがつぶやく。
さすがにキラもムッとして
「しょうがないんです〜!作ってる時間も惜しいもん。」
開き直った。
そっぽを向くキラも可愛いが今はそんなことよりもキラの体のほうが心配だった。

どうすれば食べるか…。

「じゃ、俺が作ろうか?」
「え?」
「俺が作る料理をおすそ分けしよう。レンジで暖めるぐらいの時間はあるよね。」
「え!?」
唐突なアスランの発言にキラは目を丸くする。

アスランの手料理…?
え・・・?え・・・・・?えぇぇ?

本日二度目のパニックに陥った。

「キラ…?」
「え、あ、アスラン。」
呼ばれて正気に戻るがアスランが言ったことは衝撃的だった。
「どう?俺の提案。」
「・・・でも面倒じゃない?」
「二人分ぐらいが作りやすくて俺としては助かるけど?」
そういわれたら断りにくい。
とても惹かれる内容には違いない。

う、う〜。
迷惑だって分かってるけどこんないい話ないし!
う〜…。

キラが「う〜」と言いながら考えに耽っているのを見てアスランは気づかれ無い程度に小さくため息をついた。

やっぱり唐突すぎたか?
いや、でもこれぐらいなら…。隣人なんだし…・。―理由になってないことにアスランは気づかない―
大丈夫、大丈夫。

アスランは必死に言い聞かせる。

「アスラン?」
「っ!」
今度はアスランが唐突に呼ばれ思い切り顔を上げるとキラと目が合った。
キラはとても小さな声で言う。
「え〜え〜と。本当に迷惑じゃなければお願いしたいんだけど…。」
ほんとうにアスランの負担にならない程度だからね!
念押しするとアスランも分かった。と笑いながら了承した。





「じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」

家まで―といっても隣だが―送ってもらい、前よりも親しくなった証のように「おやすみなさい」と言葉を交わしてキラは家に入った。

「〜っはぁ…。」
思いっきり息を吐いて玄関に座り込む。
「緊張した〜…。」
楽しかったけどいつも以上にかっこよく見えたアスランにキラはドキドキしっぱなしだった。
「それに…ご飯って・・・・。」
普通女の僕がすることじゃない・・?
いやありがたいし、すっごく嬉しいんだけど、アスランの方がうまかったらそれはそれでショックというか。

「まぁいいか…。」

ゴミの日以外にも会える日が出来たのだ。
引きこもりな恋が外に開き始めた。それだけで十分だとキラは思った。


キラが家に入って鍵を閉めるのを確認してアスランも家に入った。
「はぁ〜。」
家に入るなり大きく息を吐く。
思った以上に緊張していた自分にアスランは苦笑いした。
これなら商談の方が楽なんじゃないかと思う。
「まぁ仕方ないか…。」
相手が好きな子なのだから。

「キラに何作ろうかなぁ?」
アスランは冷蔵庫の中を見ながらキラが喜ぶ顔を思い浮かべて楽しそうに笑った。






長くてすみません…。
まさかこんなに、本当はラクスVSアスランで終わるはずだったんですけど、それじゃいけないとおもって付け足しました…。
これ「名前で呼び、敬語なしで話す」ためだけのプロセスだったとはいえません。
ほんと無駄に長い・・・。



↑は拍手掲載時あとがき。
やけにこのアスランの評判が良かったです。
何でだ?
アスラン目線の話だからでしょうか?
キラ好きなのがアスランを通してにじみ出てるのかも…。
書きやすいんですけどね。


2007/8/24 拍手より移動・改稿