今は臆病を騙しこんでても虚ろ吐き出す








咲き誇った桜のなかキラはゆっくりと歩く。

三年ぶりの世界に。
白い光に。
目を眇めながら。


神の子として神殿に入ってもう三年になる。
十三歳のとき両親と死に別れ、十五歳のときにキラは神殿に神の子として引き取られた。
神の子とは神と妻の間に生まれた人間であって、人間よりも特殊な何かを持っている人間のことだ。
キラとしては特殊な「何か」などもっていないと思うが神殿の神官がそういうのだからと入ることになったのだ。
それから地道に修行なるものをやっていたがそれが何かの変化をもたらしたわけではなかった。

僕って神の子としての資格無いのかも。

と落ち込んだことも一度や二度ではなかったが、それでも追い出される気配は無いので安堵していた。
なにはともあれ、十八歳になったキラはやっと外に出ることを許された。
とはいっても神殿の領地である神の庭と呼ばれる森までだが。
それでも十五歳で神殿に入ってから一度も外に出ていないキラは久しぶりの世界に心躍らせた。
森は春の様で強めの風に群生している桜が舞う。

キラ、また桜の咲く時期に。

そういって別れた人を思い出す。

「アスラン、元気かなぁ?」

まだキラが神の子とわかる前、街の外れで出会った青年。
濃紺の髪に新緑の緑を映したかのような瞳。
かなりの美青年でキラは出会った時ボーっと見つめてしまったのを覚えている。
隣の国から来た彼は冬をキラの街で過ごした。
彼がいたのは冬から春にかけて。
その間アスランとキラは大抵一緒に居た。
街の外れから街の宿まで案内したのがキラだったため、そのまま案内を引き受けることになったのだ。
キラは一人暮らしだったからアスランがキラの家に泊まったりと、なんだかんだと仲良くなった。
一緒にいたの半年。
それは二人が親密になるのに十分な時間だった。

桜の舞う時期にアスランは次の街に行ってしまったが、そのときに約束したことがあった。

「来年の桜が咲く時期に迎えに来るよ。」

そういってアスランはキラの唇に軽くキスを落としてずっと一緒にいようと言った。
キラには親、兄弟がいなかったからその言葉は涙が出るほど嬉しい物だった。
涙を浮かべた気恥ずかしさからうなずくことしか出来なかったけれど思いは伝わったと思う。

そのあとすぐに神殿から迎えが来てキラは神の子として過ごすことになった。
三年間は外に出ることが許されず、外とのやり取りも出来ない。
アスランに会えないばかりでなく、行けないということも伝えられずキラはこの時期を泣きながら過ごした。
でも今年は外に出て桜を見れたことで少し元気になったような気がした。
あと何年かしたら街にも降りれるようになるだろう。
そのとき何かしらアスランが残してくれているならば連絡を取ることもさらに言うなら後を追うことも出来る。
そうしたら会える。

「もうちょっと頑張ろう。」

そうでも思わないと会いたくて、声が聞きたくて、抱きしめてほしくて。
気が狂いそうだ。
三年間なんとか、本当になんとかしていたがそれもそろそろ限界だった。
桜が見れたことで落ち着いたが、それ以上に会いたい気持ちが募った。

あぁちょっとしくじったかも。

キラは落ち着かせるように大きく息を吸い込むと背伸びを一つし、神殿に向かった。
一瞬強く吹いた風に足を止めるが、何事も無かったようにキラは進んだ。
その強い風に驚いたのか鳥が大きな音を立てて羽ばたく。


「キラ、久しぶりの外はいかがでしたか?」

神殿に戻ると長であるラクスが尋ねてきた。
ラクスはそのものが神の使いかのようで、キラが神殿で一番信頼している人物だ。
春色の髪をなびかせて歩くさまは女神のようだと皆が言う。
キラもその通りだと思った。
姿だけでなく心までも神のように寛大で穏やかだ。

「ラクスさま。とても気持ちよかったです。この時期は本当に良いですね。」
「そうですか。それは良かったですわ。三年も神殿につなぎとめられて退屈だったでしょう。」
嬉しそうに言うキラにラクスは本当に良かったですわと微笑んだ。

「でも今日は風がつよかったみたいで鳥も驚いて飛んでいってしまいました。」
「まぁ。春の風は時々意地悪みたいですね。」
笑いながらラクスが言う。
神殿の領域に居る鳥は神の伝言を持つと考えられていて神秘の生き物として崇められていた。
そしてなぜだが白い鳥ばかりだ。
白い鳥しか神の言葉を持てないのだと、たしか神学の時間にそういっていたような気がする。

「なんで白なんだろう?」

「鳥の話ですか?」
「え?」
自分の心の中で思ったことにラクスが反応してキラは驚いた。
「声に出してましてよ。」
クスクスと鈴を転がすというのはこういうことかと思うような声でラクスは笑った。
キラは少し頬を赤めて俯く。

「…神が白い翼を持つからだと、言われておりますわ。」
その羽から白い鳥が生まれるのだと。
「え?」
俯いた顔を上げると前を向いたラクスの女神のような横顔があった。
ラクスはゆっくりと軽く目を伏せる。
そして歌うように創生詩の一部を口ずさむ。


彼の人の翼白く。
翼羽ばたかせ世界を見渡す。

世界に難あるときは声を羽に乗せ世界に羽ばたかす。
羽は鳥と成り世界に舞い降りる。


詩自体が力を持つと考えられているため、創生詩を口ずさめるのは神殿でも上位の人間にしか許されていない。
神の子として神殿に入ったキラですらいまだ読むことすら許されていなかった。
それでもキラはその様子が目の前で繰り広げられているかのような錯覚に陥った。

逆光の中白い翼を広げる存在。
その羽が次々に白い鳥に変化していく…。

これが詩の力?

それともラクスの力なのか。
ラクスの神秘的な声と浮かび上がる光景にキラは眩暈がした。

「大丈夫です?キラ。」
「あ、はい…。」
ぼうっとしていたのがラクスの声によって意識がはっきりしてくる。
「いきなり詩を口ずさんだのは強すぎたでしょうか?」
ラクスが申し訳ないというように謝った。
「やっぱり、詩には力があるんですね。」
「そうですね。神を映したものですし。」
「うつす…?」
まるで神が姿を持って存在するかのようにラクスは言う。
「神は姿をもっていますの。それを神の妻が詩として書き起こした物が創生詩なんですのよ。」
神の・・・妻?
まるで生きているかのような話だ。
「その子供が人間。特に力を持つ者を神の子として神の妻の神殿に住まわすのです。」
御伽噺を語るようにラクスがつぶやいた。



神様って本当に居るんだ。

キラはラクスとのやり取りを思い出してすごいなぁとため息をついた。
外に出られるようになってからキラは毎日のよう桜を見に行くようになった。
朝の仕事がおわって昼の勉強の時間までをここで潰す。
そしてお気に入りの場所になった桜の幹にもたれかかると習慣で目を閉じる。

神が妻に与えた大地。
その住む場所として造られたのが神殿。
神の子は神と妻との間に生まれた限りなく神に近い遺伝子を持つ者。

なんか、壮大な話…。
それでも確実に存在としてあるという神にキラは驚いた。
ただ信仰上存在するだけだと思っていたから。

神がいるのなら、悪魔も居るのかも知れない。

神学者の話では悪魔も神の一部で、神の嘆きが具現化したものなのだと。
創生詩にはもっとはっきり書いてあるかもしれない。

帰ったらラクスさまに聞いてみよう。

キラは目を開けて体を起こした。

・・・−これ以上いると寂しくなる。

桜はキラにとって希望の象徴だったが別れの象徴でもあったからいつも長くはいられなかった。
そう思って立ち上がると風が吹いた。
あまりの強さに思わず目を瞑る。
頬に桜の花びらがあたる。

「キラ。」

名前を呼ばれたような気がしてキラはゆっくりと目を開ける。
風は止んでいた。
声は求めていた人のものに良く似ていた。

「ア、スラ・・ン?」

桜の淡い色にアスランの濃紺の髪がよく映えていた。
その緑の目が自分を見ていた。

「うそ…。」

「嘘じゃないよ。」
キラがあまりにも驚いた顔をしていたのかアスランは苦笑いしながら答える。

「でも、ここ・・・神領地…。」
当然許された者しか入ることは出来ない。
「春だからね、一般の人も桜の群生地ぐらいは入れるんだよ。」
「うそ…。」
そんな話聞いたことも無かった。
「キラは俺を信じないの?」
からかうようにアスランは笑いながら言う。

三年前別れたときと同じ顔。同じ瞳。同じ声。
全部同じ。

「本当にアスラン?」
「そこから信じてないのか?」
「だって…。」

あれほど会いたかった気持ちを抑えて日々勉強に励んでいたのだ。
あと数年は会えないと覚悟していた。
その存在が突然現れたのだ。キラの頭では処理しきれない。
会いたくなりすぎて僕の頭変になってるんじゃ…。

「・・・うそ。」
「まだ言うか…。」

あきれたようにアスランは言うと、キラに近づいてくる。
その一歩一歩がアスランの存在を確かにする。

「キラおいで。」

アスランが手を差し出す。
桜が舞う風景にキラは既視感を覚えた。

あぁ…・・あの時は別れるためにアスランが手を差し出したんだ…。

でも今は違う。
今は…・・―!

「アスラン!!」
「やっと会えた。」
キラは残っていた距離を縮めるように勢いよく抱きついた。
アスランも腕の中のキラを抱きしめる。
「ほんとにアスランだぁ…。」
抱きしめられてキラはようやくアスランの存在を信じた。
「おまえなぁ〜。」
あきれたように言うがその声には嬉しさが混じっているのが分かる。
アスランはさらにキラをきつく抱き締めると、腕の中から「痛いよ。」と笑いの含まれた声が聞こえる。

二人は存在を確めるようにしばらく抱き合っていた。