あどけない目で笑っててよ 烏 「もう行かなきゃ…。」 「キラ?」 キラは自分を包んでいる腕をゆっくりと離す。 「アスランももう戻らなきゃ…。神領地に長く居たら危ないよ。」 「…。」 「アスランってば。」 離そうとした腕がアスラン自身によって阻まれる。 「三年だ。三年も会えなかったのに。なんでキラはそんなに…。」 アスランはキラの手をつよく握る。 俯いていたためアスランの表情は見えなかったが、眉をしかめているんだと想像がついた。 キラにはあっさりしすぎるところがあってそれがアスランには時々物足りないのだ。 アスランって、普段はかっこいいのにたまにこういうときあるよね…。 ただでさえ会えなかった分のいとしさが募って仕方ないのにアスランのそんなところを見てしまったらなおさら離れられない。 それでもこれ以上はいっしょには居られない。 神領地に入れてもかなりの制限があるはずだ。 場所や、時間などの。 それを破って困るのはキラではなくアスランだ。 だから、そうさせないためにも別れるタイミングはキラから切り出さなくてはいけない。 「でも、会えるんでしょ?」 キラはアスランを見上げて言う。 努めて明るい声で。 それにアスランは驚いたようにキラをみた。 「え?」 「アスランが言ったんじゃん。桜の群生地は入れるって…。」 「あ、あぁ。」 「明日。またこの時間この場所で。ね?」 キラは笑いながら言う。 来年の桜の咲く時期に。 それよりも確かな未来の約束だ。 三年間の空白の時間を思えばすぐ手の届く時間。 アスランとの再会。 明日への約束。 それ以上の何を望むのか…。 キラは息を一つ飲み込むと小さい声でつぶやいた。 顔は自然と俯く。 でもきちんと顔をみて話したかったから無理やり上げた。 あぁ顔が歪んでませんように。 声がかすれませんように。 そう祈りながら。 「…これ以上一緒に居ると戻れなくなっちゃうよ。」 キラは必死に笑い顔を作るがこらえきれずに泣きそうに歪む。 とキラを拘束する力がゆるんだ。 そうしてするりとアスランの手から離れるとキラは振り向かずに急ぎ足で神殿に向かった。 そうしないといつまでもその場から動けそうになかったから。 風が吹いた。キラのすぐ後ろを通り過ぎる。 「キラ、今日は長く外にいたのですね…。」 ラクスが帰ってキラを迎えるように神殿の入り口に立っていた。 「ラクスさま…。すみません。」 キラは走って帰ってきたために息を切らせながら謝る。 「いいえ、多少はかまわないのですが、外は危ないことも多いですから…。」 「はい…。」 ラクスは神殿生まれで神殿育ちなのだという。 だから神殿の外は危ないと認識しているのだろう。 外と言っても神領地なんだけどなぁ。 まぁ外の人も入れるようになったから心配なのかな…? 十五歳まで外にいた自分に外が危ないというラクスの言にキラは少し首を傾げたが素直に答えておいた。 本当に心配そうにラクスがキラを見ていたからだ。 「あ、ラクス様。聞きたいことがあったんですけど…。」 「はい、何でしょうか?」 食堂までの道のりをラクスと並んで歩く。 キラはちょっとした思い付きをラクスに聞こうとしていたことを思い出した。 「悪魔は本当にいるんでしょうか…?」 「え?」 ラクスは目を瞠るがキラはそれに気づかずそのまま続けた。 「あ、ほらだって神様がいるなら悪魔だっていたっておかしくは無いでしょう?」 神様の嘆きが具現化したものだって、言ってたので。 とキラが言うとラクスは少し眉をしかめた。 「ラクスさま…?」 キラは何かいけないことを言ってしまったのかと思い焦る。 神殿で、悪魔の話はまずかった!? キラは慌てて、まずい話ならかまわないんです!悪魔のことなんて話すことないですよね!僕も思いついただけでたいした理由も無いんです!!などと早口に言うがラクスは気づいてないようだった。 「え、えぇ…。そうですわね。」 ラクスは小さく息を吐く。 キラの話した時間はほんの一瞬だったが、慌てるには十分な時間だった。 そうしてラクスは、その一瞬の逡巡をごまかすかのようにキラの顔を見てにこりと微笑む。 「この間のように詩を口ずさむとキラが眩暈を起こしてしまいそうですから、簡単にお話しましょう。」 「っラクスさま!」 先ほどとは打って変わって明るい口調でラクスは語りだした。 神は神の治世が始まっても一向に減らない悲しい現実に嘆いていました。 神の妻はそれを必死になだめますが一時の慰めにしかなりませんでした。 やがて神はその嘆きにより狂い始めます。 さらに世界に悲しい出来事が増えました。 それを食い止めるために神の妻は神とその嘆きを切り分けたのです。 嘆きは悪魔となり、どこかへ行ってしまいました。 神の妻は神を慰めることに必死で、切り分けた悪魔となった嘆きを癒すことは出来ませんでした。 そのためこの世界には悲しい出来事がなくならないのです。 神を狂わせた嘆きが悪魔自身であるために。 「神の妻の失敗のお話ですの。」 悪魔でのお話ではないのですよ。とラクスははかなそうに笑った。 悪魔の生まれた時のものですのに…。 キラと目が合うとラクスはその笑みをやさしいものに変えた。 そしてそっとキラの目元へと手をやった。 「え…?」 そっと目元からあふれた涙を拭う。 「僕…ないて?」 力ある詩ではないのにキラは涙が止まらなかった。 神でもあった神の嘆きがかわいそうだった。 同じ存在であった神は妻に慰められ、癒されるのに、切り離された嘆きの悪魔にはそれが無く、それによりさらに嘆くのだ。 愛して欲しいと、癒されたいと。 あぁ寂しいんだ。きっと。 三年前、アスランに会う前の自分を思い出した。 街の誰もが優しいけれどそれでも満たされない自分。 愛したい、愛されたいと必死に願った自分。 寂しくて、寂しくて、それこそ気が狂いそうだった。 悪魔もきっとそうなんだ…。 悪魔の感情がストンとキラの中に落ちてきた。 悪魔は邪悪な存在ではく、生まれの通り悲しい存在なのだ。 嘆きそのもの。 「寂しいんだと思います…。」 キラは涙を止めようとしながらつぶやく。 「キラ?」 ラクスは首を傾げる。 涙を拭いながらキラははっきりといった。 「愛して欲しくて、この世界を、誰か、それこそ神の妻なのかも、しれないですけど愛したいんだと思います。それが、出来なくて、寂しいんだと思うんです。」 「…・・・やさしいですわね。キラ…。」 ラクスは慰めるようにキラをやさしく抱き締めた。 「え、ラ、ラクスさま!?」 いきなりのことにうろたえるキラ。 「キラが悪魔の傍にいれば慰められたかもしれませんね…。」 そうすれば嘆きは無かったかも知れない。 あまりにも悲しそうな呟きにキラはラクスを見るが抱き締められているためその印象的な髪しか見えない。 「ラクスさま…?」 「キラのような存在が悪魔にもあればと…願うばかりですわね。」 呟くと少し強く抱き締めラクスはキラから離れた、そして何も無かったように微笑む。 「さぁ夕食の時間に間に合わなくなってしまいますわキラ。」 何事も無かったかのように言われてキラは何も言えずただはぁと返事をした。 ← → |