何処か遠くへ向かおう誰一人顔も知らないとこ 烏 神殿の朝は規則正しい。六時に起きると朝食、その後各自担当の掃除場所に向かう。 神殿がきれいなったところで中央祭壇場で長であるラクスの指導の下、祈りを神に捧げる。 昼食を取るとその後の二時間程度が自由時間で、自由時間のあとに神学などの勉強の時間がはいる。 いつものように朝の掃除や祈りなどの仕事をこなし昼食をすますと自由時間になった。 今日はキラの勉強の担当者が他の地域の神殿に行っている為今日は午後から何も無い。 いつもより長くアスランに会えると思うと気分も上々のさらに上々だ。 キラはいつもよりも何もかもを早くすましてしまい、周りは怪訝な目で見ていた。 が、そんな目はいつもより長くアスランに会えることで浮かれていたキラは気づかない。 通り過ぎる人への挨拶もそこそこに早足でキラは約束の場所に向かった。 「アスラン!!」 キラは大声で呼びながら満面の笑みで手を振る。 その先には同じように笑みを浮かべたアスランがいた。 「キラ。」 とやさしく名前を呼ぶと駆け寄ってきたキラを抱き締める。 「会いたかった。」 と耳元で囁く。 キラはくすぐったそうに身を捩ると昨日もあったでしょ!と減らず口を叩く。 照れ隠しなのは分かるがおもしろくないのでアスランはさらに抱き締める力を強くした。 「もっ!痛いよアスラン!!」 「キラが可愛くないこというから。」 抗議するキラも可愛くてアスランは笑いながら言う。 「もう!!」 なかなか笑いが収まりそうに無いアスランにキラもつられて笑う。 穏やかな日だ。 キラは笑いながらそう思う。 アスランと再会してからの日にちは数えていなかったが、満開に近かった桜が満開を通り過ぎて葉桜に変化していた。 一週間…ぐらいかな。 あっという間に過ぎたアスランとの逢瀬もそろそろ終わりかと思うと泣きそうになる。 というか絶対最後の日は泣くし…。 そのときの自分が容易に想像できてキラは自嘲気味に笑う。 「キラ?」 そんなキラの笑い方に気がついたのかアスランは怪訝そうに問う。 キラは慌てて笑いかえした。 「なんでもないよ。」 「なんでもなかったらなんでもないなんていわないと思うけど?」 当然のように言うアスランにキラは少し俯く。 なんていうか察してくれてもいいような…。 「キラ?」 心配そうに自分を呼ぶ声にキラははぁと一つため息をつく。 僕から言わなきゃいけない。 分かってるけど…。 キラは一度きつく唇をかみ締めると意を決したように勢いよく顔を上げる。 強い口調で言った。 「いつまでここに居られるの?」 「え?」 意を決したキラの発言にアスランは本当に驚いた顔をした。 「だってさ、神領地に入れるのは桜の時期だけなんでしょ?だったらそろそろもう桜も終わりだし。だから・・・。」 「キラはもう俺とは会いたくない?」 「そんなわけない!!」 だんだん小さくなるキラの言葉を遮るようにアスランは聞いた。 それにキラはかっとなって言い返す。 そんなわけない! そんなわけ無いのにっ…。 なんでそんなこと聞いてくるのか悲しくて悔しくて目頭が熱くなる。 悔しさを紛らわすかのように思わず手を強く握る。 キラの肩が微かだが震えていた。 泣くぐらいなら言わなければいいのに…。 自分のことを思ってなのは分かるが少し強情なところにアスランはため息をついた。 強く握っているキラの手を解くように口付ける。 跡でもついたらどうするつもりなのか。 少し跡がついている手のひらを優しく舐める。 泣いていたキラが気づいた時にはアスランは右手を舐め終わっていて左手に口付けていたところだった。 キラはその光景に真っ赤になりながら身を捩る。 「アスラン…くすぐったい…。」 キラのほうへ顔を向けるともう涙は止まっていたが今度はかわいそうなぐらい真っ赤になっていた。 潤んだ瞳に赤らめた頬…。 それは反則だ…。 片方の手を解いたらまた片方の手を解くのに夢中になっていたためその経過を見逃した自分を叱りたい気分だった。 それでも手を舐めるのはやめない。 今度はキラの表情を見逃さないようにと顔を窺いながら舐めていく。 「ちょっもうやめてってば…。」 キラは力を込めてアスランの手を振り払う。 途中から舐め方やらしくなってたし!! キラは顔を真っ赤にしながらアスランをにらむ。 しかし、そんなことは露にもかけずアスランはしれっと「キラが強く握りすぎるから。」と流す。 「なんか話逸らされた気がする。」 「そんなことはないと思うけど?」 キラが俺のために泣いたなら俺が慰めるのが道理だろ? とこともなげに言う。 「・・・・。」 キラはすねるように横を向くと無言だ。 そんなキラにアスランはため息を一つつくとキラの両頬に手を添えて顔をあわせた。 キラの紫の瞳が揺れる。 「…キラは俺と一緒にいたくない?」 目を逸らさないようにじっと見つめて言う。 キラは一層瞳を揺らすとゆっくりとまぶたを閉じてつぶやく。 「・・・いたい・・・いたいよ…。」 一緒に居たいとキラは告げるが神殿と秤にかけて迷っているのは一目瞭然だ。 瞳を閉じるのが、俺を選んだわけじゃないって言ってるも同然なのに。 神殿を選んでいるも同然なのに。 目を瞑ったキラの先にはアスランじゃなく、神殿があるような気がして苛立った。 アスランはそれを紛らわすように軽く唇を噛む。 何とか目を開けさせたくて軽くまぶたにキスをした。 キラが目をゆっくり開けた。 「アスラン…。」 やっと自分のほうを向いたキラに苛立ちを簡単に隠して囁く。 「キラ、俺と行こうよ。」 「え?」 「俺と一緒にいよう。」 「…どこに?」 「二人で居られるところ。」 簡単に言うアスランにキラは目を瞠った。 そんな冗談を言うとは思わなかったからだ。 「無理だよ。」 冗談を笑い飛ばすようにキラはいった。 「無理じゃないよ。」 「アスラン…?」 「無理じゃない。」 何度も言うアスランをキラはじっと見た。 見た先にはアスランが今まで見たことがないくらい真剣に自分の方を見ていた。 正直神殿を抜け出すことすら難しいだろう。 抜け出した何人かが確実に次の日には連れ戻されるのを知っている。 ひどい体罰を受けるわけではないが、一生神殿から出ないと誓約をさせられる。 詩にも力があったのだから誓約者を縛る何かがあるに違いない。 それを知っていて僕はどうするんだろう。 アスランはまだキラのほうをじっと見たままだ。 その目には少しの怯えが映っている。 キラの判断に怯えているんだろう。 アスランを選ぶか神殿を選ぶか…。 それでもすぐにはキラは答えが出せなかった。 沈黙に沈黙が重なる。 「アスラ・・・。」 「キラ。」 沈黙に耐えれなかったキラが呼びかけるとそれはアスランによって遮られる。 その声はひどく落ち着いていた。 先ほどのおびえなどかけらも見えず、いつものアスランに戻っていた。 「キラ…。夜にこの場所にきてくれないか?」 「え?」 「今夜、この場所に…月が真上に昇るころに来てくれないか?」 「アスラ…ン?」 「二人で一緒にいたいと思ってくれるなら。」 アスランを選ぶのなら夜にここに…。 アスランを選ぶの、なら…。 「来ないなら俺はあきらめるよ。」 キラには一生関わることはしないから、気まずく思うことも無い。とアスランは笑った。 笑い方が寂しそうでキラは何もいえない。 この場でアスランを選べないキラは「分かった」と小さくつぶやく。 先延ばしにしているだけで答えになっていないのは承知の上だ。 それでもアスランはそれを聞き取ると「また夜に」といって笑った。 帰る後姿がどうしても見れなくてキラは俯いたままアスランの足音が聞こえなくなるまでその場でたたずんでいた。 風が強く吹く。 髪が舞う。顔にかかってもキラは払わなかった。 涙をとどめることに精一杯だった。 ← → |