君がやさしさを欲しがり 白いツバサを呼ぶ時は









「平和だ。」


キラはアスランの、悪魔の造った薄暗い世界を城の窓から見渡しながらつぶやいた。

アスランの手を取るまでの葛藤が嘘のように平和だった。
思いを伝えて伝えられて。
ぬくもりを感じられて。
すべてをささげて愛していける。

寂しさも何も無い満たされた自分。
真綿のような優しさに息苦しさも感じるが幸せだ。

幸せだと思わなくてはいけない。

アスランは今まで孤独だった。
そのせいで嫌われないように一歩引いて優しく、優しく接してくる。
それこそ壊れ物のように。
キラもアスランの傷に触らないようにそっと触れる。
傷一つつけないように。
それをもどかしく思うが、少しずつお互いが何とかしていかなくてはならないことだ。
それに不満を感じても、ぶつける事はしてはいけない。

満たされ安堵し状況に慣れきったキラ。
満たされることによって出てくる新たな不満。
そうなると気になってくるのは捨ててきた世界。

「ラクスさま元気かなぁ。」

三年間、姉のように母のように接してくれた存在を思い出す。

何も言えずに出てきてしまったことが悔やまれた。
そういう状況ではなかったし、言えば出て行くことなど到底無理だったろう。
それでも今自分が幸せに暮らしているのだということは言いたい。

「アスランに言ったら何とかしてくれるかな。」
キラはいいことを思いついたように足取りも軽く部屋を出た。
向かう先にはアスランの部屋。


「ねぇアスラン?」
「なんだ?」

部屋の机でなにやら作業をしていたアスランに話しかけるとアスランは手を止めてキラの方を見た。

「あ、えっとね…。」
「キラ?」
言いよどむキラをアスランは促す。
「ここに来て僕もちょっと落ち着いたじゃない?」
「あぁ。」
「だからね・・。」

「ラクスさまに連絡がとりたいなぁって」

少し恥ずかしそうにいうキラにアスランは目の前が赤くなる。

ラクス…?
なんで、いまさら?
ラクスの方がいいのか…?
ここが嫌になった?

俺から離れたくなった・・・・!?

そんなこと許せない。


「ラクスのところなんかに行かせない!!」
アスランはキラの腕をつかみながら叫ぶ。
「っ!」
キラはそのあまりの強さに息を呑んだ。
振りほどこうにも振りほどけない。

「痛いよアスラン!」
「ラクス?なんでそんなに…。」
虚ろにつぶやくアスランにキラは怪訝そうな目を向ける。
「アスラン?」
「キラはラクスの方がいいのか!!」
「なっ!」
あんまりな言い方にキラは言葉を失う。
「誰がそんなこと言ったのっ!!」

目頭が熱くなる。

なんで・・・。

信じてもらえず、いつも僕の機嫌を窺うような優しいアスランにキラは苛立った。
仕方がないのは分かっているがそれでも自分の気持ちが通じてないような気がして悲しい。
それを乗り越えなくてはならないのは自分だと覚悟しているがさすがにカッとなった。

「僕がいつラクスさまの手を取るなんて言ったの!?」

キラは泣きながら叫ぶ。
引きとめるアスランの腕をあらん限りの力で振りほどく。

「僕を一番信じてないのは君じゃないか!!」

なんで、なんで!!
いつもいつも信じてくれないんだろう!!

信じてくれないアスランも、ただ泣き叫ぶしか出来ない自分も悔しくて腹立たしかった。
向き合えない自分たちに悲しくなった。
ぐちゃぐちゃな感情のまま叫ぶ。

「君なんかいらない!!」

キラが叫ぶとアスランは目を見開いた。
追いかけていた手が力なく下がる。

あ。

しまったとキラは思ったがもう遅い。
アスランは眉をしかめて俯いた。
その様がキラの目にスローモーションのように流れる。

傷つけた。

もう一緒には居られない。
ただ優しい世界には浸れない…。
キラ自身がそれを拒んだのだから。
お互いを壊れ物のように扱う関係を。

ガクリとキラは力なく膝をつく。

「ごめん…アスラン…。」

キラは流れる涙を拭うこともせずただ謝った。
それは別れを告げるのと同じ。

「ごめんね。」


呟きに応じるかのように風が吹いた。
キラの髪をさらうように優しく舞うととたんにキラを包むように渦巻いて壁を作った。

な、なに・・・?

いきなりのことにキラはおびえる。
風の壁は止まることなくだんだん近づいてくる。
竜巻ような風の中心にいるキラには無害だが、このままではどうなるか分からない。



風!?何だ!?


アスランは突然自分の領域に入ってきた人為的であろう風に戸惑った。
泣き崩れるキラをのもとに行こうとした途端風の壁に阻まれた。
アスランの、悪魔の領域に何者かが介入するとは考えられない。
そう簡単にやすやすと介入を許すような力の構築はしていない。

キラかっ?

アスランは風の壁の向こう側にいるであろうキラを見た。
キラの神の子としての力がキラを守るように風の壁となったのかもれない。
風の壁はキラの拒絶の証なのかもしれない。

「キラっ!!」

アスランはたまらず名前を呼ぶが風に阻まれて届くとは思えなかった。


微かに声が聞こえた。
キラを呼ぶ声が。
「アスラン・・・・?」
それは壁の向こう側のアスランの声なのか他の音なのか分からなかった。
風の音が大きくて聞き取れなかった。

「なんでっ・・・!?」

完全に座り込んだキラの手元に何かがが落ちてきた。
白い羽だ。

え?

思わずそれをつかむと羽が光りだす。
わっ。
まぶしくてキラは思わず目を瞑った。




渦巻きはだんだん小さくなっていきキラを飲み込んだ。

「キラ!!」

アスランの目の前で竜巻は姿を消した。
キラと共に。








風が収まり、キラは目を開ける。
想像していた衝撃は無かったので安堵したが、まぶしい。

まぶしい・・・?

太陽が照り、風が心地よく吹く。
足元は柔らかな緑。
そこはアスランの造った世界ではありえない景色。
見回せばよく見慣れた風景。

三年間過ごした、神殿の中庭だった。

「神殿・・?でも・・なんで・・・」
キラは呆然と座り込んだままつぶやく。

風に包まれて・・そしたら神殿?なんで・・?

かなり混乱しているのが自分でも分かった。
そこに優しく、よく通る声が降ってきた。

「お帰りなさい…キラ。」

え…。

話すときも歌うような、慈愛に満ちた声。
よく知っている、大好きな母のようだとおもった声だった。
キラはそんな声に誘われるように顔を上げた。
視線の先には桃色の髪が緩やかに風に揺れている姿。
女神のようだと誰もが口をそろえて言う姿があった。

「ラクスさま・・・・。」

慈悲の女神がキラの目の前で笑みを浮かべていた。





 






…展開早くてすみません・・。